1988

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VIDEO


<このプレイヤーで以下のPVが再生できます>
レイ・ユア・ハンズ・オン・ミー/LAY YOUR HANDS ON ME
バッド・メディシン/BAD MEDICINE
ボーン・トゥ・ビー・マイ・ベイビー/BORN TO BE MY BABY
リヴィング・イン・シン/LIVING IN SIN
ブラッド・オン・ブラッド/BLOOD ON BLOOD
アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー/I’LL BE THERE FOR YOU
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ALBUM/DVD

NEW JERSEY

UICY-6423
日本発売:1988年9月19日/全米発売:1988年9月19日

プロデューサー:ブルース・フェアバーン
チャート:全米1位(4週連続)/全英1位(2週連続)/日本2位

バンドのアイデンティティでもある故郷ニュージャージーの名を、堂々タイトルに冠した4作目のスタジオ・アルバム。緻密な構成と壮大なスケール、その相反する要素を併せ持つことで、世界の頂点に立った『ワイルド・イン・ザ・ストリーツ』をも凌ぐ傑作を作り上げた。アルバム全体に脈打つ強いアタックが、凄まじいまでのエネルギーを放っている。全米では4週連続でNo.1、全英でも2週連続No.1を獲得。セールスは全米だけで800万枚を記録し、“ロックの王者”たる地位を決定的なものにした。本作からのシングル「バッド・メディシン」と「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」も全米No.1に輝いている。

<収録曲>
(1)レイ・ユア・ハンズ・オン・ミー/LAY YOUR HANDS ON ME [PVを見る]
(2)バッド・メディシン/BAD MEDICINE [PVを見る]
(3)ボーン・トゥ・ビー・マイ・ベイビー/BORN TO BE MY BABY [PVを見る]
(4)リヴィング・イン・シン/LIVING IN SIN [PVを見る]
(5)ブラッド・オン・ブラッド/BLOOD ON BLOOD [PVを見る]
(6)ホームバウンド・トレイン/HOMEBOUND TRAIN
(7)ワイルド・イズ・ザ・ウィンド/WILD IS THE WIND
(8)ライド・カウボーイ・ライド/RIDE COWBOY RIDE
(9)スティック・トゥ・ユア・ガンズ/STICK TO YOUR GUNS
(10)アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー/I’LL BE THERE FOR YOU [PVを見る]
(11)99イン・ザ・シェイド/99 IN THE SHADE
(12)ラヴ・フォー・セール/LOVE FOR SALE

HISTORY

<1988年のボン・ジョヴィのできごと>

●1月25日:ロサンゼルスで開催された『アメリカン・ミュージック・アウォーズ』の授賞式で“フェイヴァリット・ポップ/ロック・バンド”を受賞。

●1月27日:エアロスミスのロサンゼルス公演にジョンが飛び入り。再び「アイム・ダウン」でスティーヴン・タイラーと共演。

●2月17日:ユタ州ソルトレイク・シティで、日本の富士フィルムの製品、AXIA(カセットテープ)のCMを撮影。メンバーはヒザまで水に浸かり、鳥居の前で「リヴィン~」のパフォーマンスを披露した。コピーは「まるでボン・ジョヴィ」。

●5月1日:カナダのヴァンクーヴァーでレコーディングをスタート(7月31日に終了)。前回同様、レコーディング前に新曲を地元ニュージャージーのティーンエイジャーに聴かせ、アンケートを取るという方式がとられた。

●ニューヨークで、日本の三洋電機のCMを撮影。先行ファースト・シングルの「バッド・メディシン」を使用し、摩天楼をバックにしたビルの屋上などで撮影は行なわれた。コピーは「ボン・ジョヴィは早くお家に帰りたい」。この年に日本で放映された2本のCMにより、ボン・ジョヴィの存在はお茶の間レベルにまで浸透した。

●この時期、アメリカの東海岸のクラブで不定期にライヴを開催。予告なしで、いわゆるゲリラ・ライヴ的なものだった。メンバーは、1台のヴァンに乗り込んでクラブ・サーキットを行なったようだ。

●8月18日:ニュー・アルバム『NEW JERSEY』の発表記者会見をニューヨークで開催。この模様は、全世界に衛星中継された。当初アルバムは年末にリリースされる予定だったが、予測を覆す早さで完成し、リリースが繰り上げられた。

●9月19日:通算4作目のスタジオ・アルバム『NEW JERSEY』を日本でリリース(全米と同時リリース)。アルバムは瞬く間に全米No.1(4週連続)を獲得し、アルバムからのシングル「バッド・メディシン」も全米No.1を達成。後に「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」も全米No.1を獲得している。

●10月30日~:アイルランドのダブリン公演を皮切りに、『NEW JERSEY』に伴うワールド・ツアーをスタート。このツアーは、“ニュージャージー・シンジケート:ブラザーフッド・ツアー”というツアー・タイトルが付けられた。ヨーロッパ・ツアーは、12月19日のドイツ、ミュンヘン公演まで続いた。ダブリンでの初日公演には、デフ・レパードのジョー・エリオットが飛び入り。

●11月4日:ロンドンのウェンブリー・アリーナ公演に、エルトン・ジョン、クイーンのブライアン・メイ、デフ・レパードのリック・アレンなど、豪華ゲストが次々に飛び入り。この日、リッチーはステージ上で照明機材に頭をぶつけ、10針縫うケガを負うが、ライヴはそのまま続行された。

●11月:ヨーロッパ・ツアーの合間、プロモーションのため、当時はまだ社会主義国であったソビエト(現ロシア)を訪問。アメリカのロック・バンドが同国を訪れるのは異例のことだった。

●12月31日~:『ヒート・ビート・ライヴ’89』のため来日。ラットやキングダム・カムなどと共にフェスティバル形式のコンサートを大晦日と元旦に東京ドームで開催した。なお、リッチーは、交際中だった女優のアリー・シーディを伴っての来日だった。
12月31日 – 東京ドーム
1月1日 – 東京ドーム

<1988年の世の中のできごと>

・青函トンネル開通
・瀬戸大橋開通
・東京ドーム完成
・カルガリーオリンピック開催
・ソウルオリンピック開催
・元おニャン子クラブの高井麻巳子、作詞家でプロデューサーの秋元康と結婚
・六本木のディスコ「トゥーリア」、照明落下事故
・リクルート事件発覚
・新語・流行語大賞「ドライ戦争」「しょうゆ顔・ソース顔」
・堀江しのぶ、スキルス性胃ガンのため死去

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