1991

  • 入力欄に予め入っているURLより前の部分に、自由にツイートしたい内容を入力してください。
  • 再度つぶやくときはこのページを更新してください。
  • ツイートについて、詳しくはこちら

VIDEO


<このプレイヤーで以下のPVが再生できます>
ストレンジャー・イン・ディス・タウン/STRANGER IN THIS TOWN
バラード・オブ・ユース/BALLAD OF YOUTH
ワン・ライト・バーニング/ONE LIGHT BURNING
※プレイヤー内の左右にある矢印をクリックすると、この年の他のPVにスキップします。

ALBUM/DVD

ストレンジャー・イン・ディス・タウン/STRANGER IN THIS TOWN

ストレンジャー・イン・ディス・タウン/STRANGER IN THIS TOWN

※リッチー・サンボラ ソロアルバム

UICY-6471
日本発売:1991年9月4日

リッチーの初ソロ・アルバム。ひと度ボン・ジョヴィを離れれば、自分は“ストレンジャー”であるという視点から制作されている。本作のサウンドはボン・ジョヴィでの音楽枠を飛び出し、あくまでも“自分”を前面に押し出したルーツ的な要素を追求。ブルージーなギターとエモーショナルな歌声を聴かせる楽曲は、深い情熱をたたえた1人の人間を浮き彫りにした。レコーディングにはティコとデヴィッドという馴染みの顔ぶれに加え、キング・クリムゾンのトニー・レヴィンなど豪華ミュージシャンが多数参加。リッチー憧れのエリック・クラプトンもゲスト参加している。収録曲の中で、「ジ・アンサー」が日本のCMに使用された。

<収録曲>
(1)レスト・イン・ピース/REST IN PEACE
(2)チャーチ・オブ・デザイアー/CHURCH OF DESIRE
(3)ストレンジャー・イン・ディス・タウン/STRANGER IN THIS TOWN [PVを見る]
(4)バラード・オブ・ユース/BALLAD OF YOUTH [PVを見る]
(5)ワン・ライト・バーニング/ONE LIGHT BURNING [PVを見る]
(6)ミスター・ブルースマン/MR. BLUESMAN
(7)ロージー/ROSIE
(8)リヴァー・オブ・ラヴ/RIVER OF LOVE
(9)ファーザー・タイム/FATHER TIME
(10)ジ・アンサー/THE ANSWER
(11)風の中のマリー/THE WIND CRIES MARY
※(11)は日本盤のみのボーナス・トラック

HISTORY

<1991年のボン・ジョヴィのできごと>

●1月3日~:年明けから『ファイナル・カウントダウン/ザ・ビッグ・ジョイント・ツアー ’90-’91』の一環として、ボン・ジョヴィ単独での日本公演を開催。
1月3日 – 横浜アリーナ
1月5日 – 名古屋レインボーホール
1月8日 – 大阪城ホール
1月9日 – 大阪城ホール

●1月19日:ロサンゼルスで開催された『ゴールデン・グローブ賞』の授賞式で、ジョンが「ブレイズ~」により“最優秀オリジナル・ソング”を受賞。

●1月28日:ロサンゼルスで開催された『アメリカン・ミュージック・アウォーズ』の授賞式で、ジョンが「ブレイズ~」により“最優秀ポップ/ロック・シングル”を受賞。

●2月20日:ニューヨークで開催された『第33回 グラミー賞』の授賞式で、ジョンが「ブレイズ~」により“最優秀男性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス”にノミネート。

●3月25日:ロサンゼルスで開催された『第63回 アカデミー賞』の授賞式で、ジョンが「ブレイズ~」により“最優秀オリジナル・ソング”にノミネート。授賞式でジョンは、ボン・ジョヴィのメンバーと共にステージに登場し、この曲のパフォーマンスを披露。

●3月:『第5回 日本ゴールドディスク大賞』の授賞式で、ジョンが『ブレイズ~』によりロック・フォーク部門(男性)の“アルバム・オブ・ザ・イヤー”を受賞。

●ジョンは、新人アーティスト発掘のために設立したレーベル関係の仕事に終始し、プロデューサーやソングライターなどとして多くのアーティストに協力(アルド・ノヴァ、ビリー・ファルコンなど)。ちなみに、このレーベル“JAMBCO”はボンジォヴィ家の3兄弟が設立した会社で、ジョン、アンソニー、マット・ボンジォヴィの会社(カンパニー)という意味。

●ジョンが、妻のドロセアとハーレー・ダヴィッドソンにまたがり、安モーテルに泊まりながら、アメリカ中を旅する。後にジョンは「自己再発見の旅」と説明。

●アレックがバイク事故で大けがを負う。

●8月28日:リッチーがニューヨークで、ソロ・アルバムのお披露目ライヴを開催。

●9月4日:リッチーのファースト・ソロ・アルバム『ストレンジャー・イン・ディス・タウン/STRANGER IN THIS TOWN』を日本でリリース。レコーディングには憧れのエリック・クラプトンを含む、豪華アーティストが多数参加した。

●リッチーのソロ・アルバムの収録曲「ジ・アンサー」が、日本のスバル・レガシィのCMに使用される。

●10月:メンバーがカリブ海のセント・トーマス島に集結し、話し合いが行なわれる。特にジョンが、早急なボン・ジョヴィの活動再開を望む。

●11月11日~:ワシントン州シアトル公演を皮切りに、リッチーの全米ツアーがスタート。しかし、ボン・ジョヴィの活動再開決定により、12月1日のアトランタ公演まで、わずか10公演で終了。

●12月21日:地元ニュージャージーのカウント・ベイシー・シアターで、恒例のクリスマス・チャリティ・ショウを開催。

<1991年の世の中のできごと>

・東京23区の電話番号が10桁に(03の後に3が付いた)
・東京都庁が千代田区丸の内から新宿区西新宿に移転し、新東京都庁舎開庁
・日本初の民間衛星放送局『WOWOW』(当時の正式社名:JSB日本衛星放送)が本放送開始
・1991年世界陸上選手権が東京の国立霞ヶ丘陸上競技場で開幕
・横綱・千代の富士、現役引退
・東京都港区芝浦にジュリアナ東京オープン
・多国籍軍のイラク空爆開始により湾岸戦争勃発
・雲仙普賢岳で大火砕流発生(死者・行方不明43人)
・セルジュ・ゲンスブール、イヴ・モンタン、フレディ・マーキュリー、死去

1983  1984  1985  1986  1987  1988  1989  1990
1991  1992  1993  1994  1995  1996  1997  1998  1999  2000
2001  2002  2003  2004  2005  2006  2007  2008  2009  2010

コメントは受け付けていません。